IE9ピン留め
夏の十字架/ラフィータフィー

先に冬があって次に夏がきた。
大阪の陣みたいだ。

2000年7月発表。

1. お元気ですかマーコさん?
2. 目覚まし時計は歌う
   (選挙ソング)
3. 警察に行ったのに
4. 北国の少女
5. ライブ・ハウス
6. 快適な暮らし
7. 君が代Live
8. プリプリ・ベイビー
9. 誰も知らない
30.南国の意味不明





今はなき「Beeb Basement Theater」でのコンサートで買って、握手してもらって、前夜頑張ったという直筆サインも入ってました。
握手した清志郎の手は、指が長くて、お猿さんと握手したみたいだった。
前回と同じ、実家の居間で撮られた写真のサーフィンボードがちょうどサインスペースになっていて、サインを書き入れる清志郎にしても、それをもらったファンにしても、とても都合がよいジャケットのレイアウトはシングル「パパの歌」や「湯あたりんぐコンサート」でコンガを担当している小嶋謙介。
後ろの茶箪笥に入ってる物がぜんぜん違っちゃってるあたりとか、「夏の十字架」との違いを探すと面白い。
かなり意味不明にサイケな「お元気ですかマーコさん?」で始まるあたりは「テクノ・クイーン」で始まった『ラフィターフィー』に近い感じも。
「プリプリ・ベイビー」は「徹子の部屋」でも流されていた。
30.は藤井裕Gatta Feelingのお遊びトラック。で、たぶんこれを買ったほとんどの人がその存在に気づいてさえもいないと思われる。



# by taroustory | 2010-04-21 12:08 | 忌野清志郎
冬の十字架/Little Screaming Revue
実家の居間で撮られた写真の中の清志郎がどうにもガラモンに見えて困る。
1999年9月発表。

1. 俺がロックンロール
2. 君が代
3. 来たれ21世紀
4. 人間のクズ
5. こころのボーナス
6. 明日また話そう
7. おもしれー

世紀末の空気の中に発射されたロックンロールミサイル。のっけがいきなり、俺こそがロックンロール宣言、それに続くのが「君が代」、そして次々と続くメッセージ性濃密なガラモンアルバムは、サウンド全体がツェッペリンの「Immigrant Song」?リードギターがGuess Whoの「American Woman」?の超ハードロックナンバー「おもしれー」で終わる。ちなみに「人間のクズ」はのちに、全世界少年少女合唱団を交え、「湯あたりんぐコンサート」でも再演された。「こころのボーナス」は吉田拓郎のアルバムに提供した曲。「来たれ21世紀」は水前寺清子の「365歩のマーチ」が下敷きになっている……んだと思う。

# by taroustory | 2010-04-21 11:48 | 忌野清志郎
Single 「Jump!」
2004年11月発表。

1. Jump!――カップ麺
2. イヤシノウタ――缶コーヒー
  (出演も。with黒木瞳)
3. 赤いくちびる――日本酒
4. ラクにいこうぜ――栄養ドリンク剤

すべてCMで日本中の人の耳になじんだ、清志郎ならでは!とさえ言える豪華シングル。
近年の代表曲、「Jump!」に始まって四曲終わるまで、なんて濃密な時間なんだろう。素晴らしすぎ。
特に「赤いくちびる」はたまんない。
それにしても、ジャケット、いいねえ。
まさにじゅえりーな一枚です。
# by taroustory | 2010-04-20 18:32 | 忌野清志郎
恋の門、世界中に自慢したいよ 他 Singles
「Singles」と書いといてのっけからシングルになってない曲だ。でもこのサントラにしか入ってないメイン曲「恋の門」がとても好きなのです。
俺は有線でやってたのをMDに保管しててしょっちゅう勝手編集カセットに収録してウォーキングの時かなりの頻度で聞いてます。
「きのうは、そう、間違いだらけぇ」とバラード調に始まってミュージカル風にどんどん盛り上がっていく、誰でも単純に楽しめちゃう曲です。

1995年11月、「君にだけわかる言葉/ダーリン」、
明けて’96年1月晦日、「Good Lovin'/Mighty My Love」、
そして4月に「世界中の人に自慢したいよ/マーマレード・ソング」と立て続けに発表されたシングル。
三宅伸治プロデュースによるナッシュビル録音で、「ナッシュビルからの逆襲三連発になるはずだった」と清志郎がどっかで言っていた。ぜんぜん逆襲になんてならなかったぞ、どうなってんだ、三宅!とも。
どれもこれもソウルフルな、何度も聞いてるうちにどんどんよくなってくる曲だったんだけどね。
その中でもコンサートで何回も聞けたのが「世界中の人に自慢したいよ」。
清志郎自身も相当入れ込んでた曲だと思うし、歌詞は「Stand By Me」っぽくてシンプルでストレート。
聞けば誰でも好きになれる曲だったのだが。
あ、そうだ。怒ってたのは三宅に対してじゃなくてレコード会社にだった。ちっとも宣伝しやがらねえんだ、あいつら、とかって。

# by taroustory | 2010-04-16 17:29 | 忌野清志郎
ラフィー・タフィー/忌野清志郎

 歯っ欠け女の子のジャケットのこのアルバムを買った時、俺は戸惑った。プラスチックのケースには、いかにもポラロイド、という写真のたくさん詰まったミニ写真集、CDはプラケースと同じ大きさの紙ケースに、むかしのLPレコードのようにセロファン袋に入れられて収まっている。つまり通常のCDケースの中にはおまけの写真集と歌詞カードだけで、本尊たるCDが完全に分離していたのだ。かくしてこのアルバムにはかつてのLPレコードのように外袋が必要となった。聞く時には、外袋から出し、紙ケースから出し、内袋から出し、やっと聴ける。CDというものにすっかり慣れてしまっていた身には、中々にムムム感の募る様式だったのだ。
 さて、外袋から出し、紙ケースから出し、内袋から出して聴くその中身。こっちにはもっと戸惑った。いきなりディスコナンバー、しかもヴォーカルはキンキン声、お世辞にもうまいとは言えない女の子、そんな曲で始まっちゃうんだから。
 続く他の曲たちも、一曲一曲の雰囲気がとにかくバラバラ。まとまり皆無。
 ところが、中に「風だらけ」という、ザ・バンドのリチャード・マニュエルが歌ったらどんだけハマルか、という名曲がある。ということはすなわち、土臭い、がしかし、ボブ・ディランテイストもたっぷりの名曲ということだ。
 この曲一曲にハマッたとたんにすべてがすんなり耳に入ってくるようになった。
 バラバラでいいじゃねーか!最高じゃねーか!だ。
 というわけでこのアルバムは俺の中では清志郎版「ホワイトアルバム」で「メインストリートのならず者」なのだ。うん。
# by taroustory | 2010-04-01 17:45 | 忌野清志郎
忌野清志郎---7 <Rainbow Cafe> 1998

前作と同じメンバー、Little Screeming Revueで作られてて、まずは「世の中が悪くなっていく」ではハードなメッセージを前作路線でかっ飛ばし、でもそんな感じはここまで、次の「サンシャイン・ラブ」、それに続く「キューピッド」はあくまでキュートに60年代風に、「鶏肌(チキンスキン)」はコッコッコッコ、コッコッコッコケーッ!と怒涛のユーモア、シチューのCMに使われた「ギビツミ」は三宅伸治のギターも美しい極上の癒しソング、「弱い僕だから」はキムタクのために作られたらしいが、スマスマで歌ってるのを見たら、いや俺は弱くなんてないんだけどね、みたいな顔で歌っててお話にならなかったが、ここではしっかり生きてます、もちろん。と、レコードならここで盤をひっくり返す所なんだろうなあ、とか思いつつ、車のエンジンをかける音から始まる「エンジントラブルブギ」でガラッと雰囲気が変わってB面にとつニュル。そして登場、「入りたい、入りたい」の名曲「ひどい雨」。「イロイロ」はマラカスを持って歌ってほしいラテン系ぶっ飛びソング。「Make Up My Mind」はモロ、ハートオブストーンで正直いまだに「あれ?」なんだが、軽快にぶっ飛ばす「イキなリズム」はいいよー。もう2曲入ってるけど、まあ、機会があったら、ということで。
とにかく清志郎ワールド満載のめーーーーーーーーーバン!Bang!!!
# by taroustory | 2009-10-31 13:05 | 忌野清志郎
忌野清志郎---6 <Groovin' Time>

短く(2cmぐらい?)に刈り上げた髪を「真っ緑」に染め上げたステージの中央に立つ男が清志郎に見えなくて困った。
1997年初秋の盛岡でのコンサートでのことである。

男は初め、ボロにくるまれた姿で現れた。歌ったのはこの『Groovin' Time』のトップに入っている「ガラクタ」である。
一曲歌い終えてアルバム通りに「気まぐれな女」に移る時、ボロを脱ぎ捨てたら頭が「真ッ緑」だった。

『Groovin' Time』は「ファン」の度肝を抜くアルバムだった。
恐ろしいぐらいへヴィな「ガラクタ」に始まり、それに続く「気まぐれな女」はAC/DCばりにハード。
「メロメロ」はChaboと作っただけあってメロディアスだが、でもやっぱりハードロック。
「裸のマンモス」もゴリゴリの骨太ロック。
さらにはSly & The Family Stoneかよ!?ってな「不真面目にいこう」。
フリージャズっぽい色合いも濃い「風」。

そんなアルバム直後の「真ッ緑」だったのだ。だからこれまで紹介してきた、「タイマーズまでの清志郎」とここからの清志郎は、俺の中ではスッパリ分かれて認識されている。

ここからの清志郎が、俺の中では全盛期なのだ。豊潤期とも言う。

ところで、この時はじめて清志郎のコンサートに参加した、我が奥さん、どう見ても忌野清志郎に見えない緑頭男を前にしながらも純粋にわっせわっせとノッテらっしゃった。核心のみが見える人なのだろう。
# by taroustory | 2009-10-08 15:42 | 忌野清志郎
THE TIMERS----2 <復活!>
1995年と言えば阪神大震災と地下鉄サリン事件の年である。その1995年、タイマーズは復活した。4月にメジャーから「復活!! The Timers」(左)、10月に自主制作で「不死身のタイマーズ」(右)。内容はもちろん、「タイマーズのテーマ」から順当にスタジオ録音盤収録曲をなぞった「復活!!」よりも、「不死身のタイマーズ」のほうが過激。タイトルを見ただけでもそれは明白。「障害者と健常者」、「あこがれの北朝鮮」、「トルエン」、「お前の股ぐら」、「イツミさん」、「トカレフ」だもの。でも歌詞を含めた音楽的クオリティーでは「復活!!」のほうも負けてないし、まとまりもある。でもしかし、すごい!のは「不死身の」かな、やっぱり。どっちも好きだけどね。
YouTubeで見られる「原発賛成音頭」は「復活!!」の中の「覚醒剤音頭」の替え歌(バリエーション?)。
「不死身の」の「ヘリコプター」のダウンコード、けっこうハマリます。ずーんずーんと落ちてく感じが時として気持ちよかったりして。
個人的には「瀬戸大橋はぁ俺が作ったぁ」の「夢の架け橋」がでぇ好き。
# by taroustory | 2009-09-30 20:43 | 忌野清志郎
忌野清志郎---5 <Glad All Over>

のっけが「よそ者」ってのがすごい。
のびのび歌うそのバックに広がる「夏のヤオン」が、ドンッ!と伝わってくるのが、またすごい。
そんなオープニングの三枚組。
RC Succession解散後のものの中で一番聞いてる。

一枚目がChaboとのアコースティックステージ。二枚目と三枚目がバンドステージ。
バンドのメンバーはKYON(keyboards)、湊雅史(drums)、早川岳晴(bass)、梅津和時&片山広明(sax.trumpet.etc)、ミキ&マチコ(back vocal)、忌野清志郎&仲井戸麗市。

曲は2・3'sを一曲、麗蘭を一曲やってる以外はすべてRCの曲で、今さらRCなのですか?と思いつつ聞き始めたんだが、始まってみりゃあどんどん引き込まれる一方で、今さらもへったくれもあったもんじゃない。怒涛の決めまくりんぐステージ。

この三枚組が出るまでは、バッキングをスタジオミュージシャンがやったシングルバージョンでしか聞けなかった「ステップ!」が初めて「ちゃんとした」バッキングで(CDで)聞けたのが嬉しかった。
し、とにかくこれも何回も聞いたもんでした。

「アツいぜ、ベイべ」的臨場感にドッと浸かるもよし、初心者の入門編CDにするにもよし、とにかく完璧盤。

アマゾン
# by taroustory | 2009-09-30 12:52 | 忌野清志郎
忌野清志郎---4 <2・3's>
山川のりを(g)、大島賢治(d)、中曽根章友(b)という、その後はなにやってんだ?わかりません的若者(当時)と組んだ2・3's。
一枚目の「Go Go 2・3's」はなんだかワイワイガヤガヤと好きなことをルーズに始めたなあってな印象だったんだが、「いつか観た映画みたいに」が武田鉄矢の映画に使われたり、「ニュースを知りたい」が筑紫哲也(どっちも「てつや」だな)のニュース番組に使われたりって言うかどっちともそれ用に作られたんだが、としっかり仕事はしてる。
そんな清志郎の「気まぐれバンド」2・3'sはしかしセカンド「Music From Powerhouse」で大変身、とんでもないシリアスさを前面に打ち出す。
とにかく何でもかんでもバカッたれと言い放つ「Fuck You」。
小市民の暮らしぶりを批判しつつも暖かく包み込み、優しい目で眺めつつ、でもちょっとどうかなと言いつつ、小市民を食い物にする大きな悪に睨みを利かす「善良な市民」。
まったく死にたくなるような世界だが絶対自殺はダメだと持論を前面に押し出した「死にたくなる」。
等々、半分は重いメッセージを突きつけてくる。
でもその半面、2・3'sをやってる期間出演していたバラエティドラマ(?)「デザートはあなた」では岩城滉一にいじられるキャラを可愛く好演。アルバムの中の名曲「プライベート」や「この愛が可愛そう」をしっかり披露してたりして、共演の毬谷友子を踊りまくらせたりもしてた。
思い出してみるほどにRCの要素を凝縮させた、楽しい、けっこう充実したバンドだった。
# by taroustory | 2009-09-25 11:12 | 忌野清志郎
忌野清志郎---3

「Covers」騒動、「The Timers」大騒動、RC Successionの解散、ゴタゴタしまくっていた清志郎がBooker T. & The MG'sとレコーディングする。しかもあっちで。MG'sの本拠、メンフィスで。ということはR&Bとソウルの魂がこれでもかと詰め込まれた大傑作が運ばれてくるってこった。そんな勝手な解釈はのっけの軽快なR&Rナンバー「BOYS」を聞いた途端にぶっ飛んだ。なんなんだ、この人は!という驚きとともに。

清志郎じゃねえか!
当たり前だ。清志郎が作ったんだから。
でも、Booker T. & The MG'sだぜ。スティーヴ・クロッパーだぜ。なんでこんないつも通りに作って歌ってしまえるんだ?ダジャレかましまくり、古い曲引っ張り出し放題、おまけにのろけちゃったり。曲調的に、いかにも「MG'sとやりました!」ってのは「彼女の笑顔」と「MTN」ぐらいで、あとはまんま、RCから騒動大騒動を生き抜いてきた清志郎そのもの。Steve Cropperに何か感化された、なんて雰囲気は皆無。

でもこれはやっぱりたしかに「Memphis産」なのだ、と実感するのは全体を包む熱さ。それはもちろんSteve Cropperのプロデュースによるところが大きいんだろうが、これまでとは違った所に清志郎の熱がこめられたからだろうなあ、と思ってしまう。

「雪どけ」の情感溢れる歌いっぷりは清志郎の歌唱歴の中でもかなり上位にくる名作。
「カモナ・ベイビー」のダジャレぶりは清志郎のダジャレ歴の中でもトップに近いジョン・リー節。
「高齢化社会」の批判というより風刺の精神は清志郎の風刺歴の中でも完成度の高い悪ふざけ節。
「ぼくの目は猫の目」はNHKの「みんなのうた」で使われて結構子供に受けた掘り出し曲。
「ラッキー・ボーイ」と「彼女の笑顔」は個人的に清志郎歴の中でも上位に来る大好きな曲です。ほんとにいい曲です。
# by taroustory | 2009-09-18 10:37 | 忌野清志郎
忌野清志郎――2

細野晴臣(H)、忌野清志郎(I)、坂本冬美(S)でHIS。
『カバーズ』からタイマーズへ、そしてやがて23'sへと流れていく激しいムードと対照的に
『BAby a Go Go』からの静かなムードを受け継いだ一枚、と解釈すると素直に癒しに満ちたこのアルバムの世界に浸ることができる。
清志郎のアルバムの中では一番聞かずにきたアルバムだけど、これから先、けっこう聞いてしまいそう。
後半の三曲、「セラピー」、「And I Love Her」、「日本の人」は大好き。
# by taroustory | 2009-08-17 10:25 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---11

1989年、レニー・クラヴィッツが『Let Love Rule』というアルバムでデビューした。
ドラムがすぐそばで鳴っていてレニーも目の前で歌っているような、ひとつひとつの楽器の響きが生々しくて、とても大事なことが歌われている、そんな印象のずっしり重いアルバムだった。

そんな『Let Love Rule』のエンジニア、ヘンリー・ハーシュを迎えて、RCは1990年、『Covers』、『コブラの悩み』という話題作に続くアルバムを作った。
できあがったのは音の佇まいが静かなアルバムだった。
つまらないご託に囲まれるのはもううんざりなんだ、そんな意思表示に思えた。
清志郎39才。「忠実な犬」という曲も入っている、自らの音楽にもっと忠実なアルバムを作りたい、とう意思さえ感じられる落ち着きに満ちた、RC最後のアルバムだった。
プロデューサーは、RCが大変なことになっている時に必ず現れてドラムも叩き、すぐに去って行く春日“Hachi”博文、B型。

コンサートではキーボードの前に厚見玲衣、ドラムの位置に春日博文が座っていて、やっぱりなんだか寂しかった。
金子マリが「Heart of Gold」を歌ってたのはこのツアーじゃなかったっけ?

このアルバムを最後にChaboとスタジオに入ることはなく、リンコさんにいたっては一緒に演奏することすらなくなった。
な~んてやたら寂しい調子になっちまったけど、いまだにしょっちゅう聞くアルバムです。
ラストの「楽(Lark)」じゃないけど、清志郎にしちゃすっごく珍しい、楽に聞けちゃうアルバム。
# by taroustory | 2009-07-20 17:48 | 忌野清志郎
THE TIMERS----1

『カバーズ』発売中止事件から清志郎はどんどんぶっ壊れていた。CHABOでさえついていけないほど怒りを爆発させた。
他のRCのメンバーはそっぽさえ向いていた。そんなふうにファン、と言うか俺の目には映った。
そんな感じはすでに『コブラの悩み』で顕著になっていたように思えた。
清志郎一人が怒りに打ち震えていて、他のメンバーはそんな清志郎をこわごわ後ろから見守っている。
そんな感じに思えた。ちょっと寂しい光景だった。

そんな寂しさを感じつつもこの『THE TIMERS』の素晴らしさには呆れた。

ここにはもちろん清志郎の声を一番優しく刺激的に包み込むCHABOのギターもRCのバンドサウンドもない。
「子分」たちを引き連れる清志郎がいるだけだ。
剥き身の刃と化した清志郎がとことん突っ走っていき、そのあとを三宅伸治を初めとする子分たちが必死に追っかけている。
「偽善者」、「偉人のうた」、「税」、「イモ」など、躊躇なく怒りを発散しているその勢いが、「清志郎の暴走」感をキョーレツに醸し出す。

ところが暴走してても醒めてるのが清志郎だ。怒りのイメージはもちろん鮮明なんだが、それをしっかり「音楽」でくるみこんでいる。
清志郎が時代のアジテーターなんぞに堕しなかったのはそこだ。
俺はロックンローラー。俺こそがロック。音楽以外にキョーミなんぞねえ。社会なんぞクソクラエ。軽薄なジャーナリストあっち行け。

「タイマーズのテーマ」は「モンキーズのテーマ」、大ヒットナンバー「デイドリーム・ビリーバー」もモンキーズ(三宅伸治がたまたま持っていた歌本にたまたまこの2曲が載っていたのがきっかけだと言う)、締めはベンチャーズの「Walk Don't Run」と、テーマたる「怒り」からはほど遠い所から題材を持ってくる。
原子力発電所や反核から、政治家にターゲットを移し変える---「ギーンギーン」、「総理大臣」。
挙げ句は天皇崩御の件にまで触手を伸ばす---「カブリオーレ」。
が、もちろん反核からも離れない---「Long Time Ago」。
音楽業界やジャーナリズムの軽薄さにもきちんとメスを入れる---「ロックン仁義」、「三部作/人類の深刻な問題~ブームブーム~ビンジョー」。
すべてをニホンジンたる悲しさに置き換える---「Lonely Japanese Man」。

これらすべてが、往年のヒット曲からカントリー、ジェームス・ブラウンも踊りだすようなファンク、童謡、演歌、ブルーズ、パンク、そしてもちろんロックンロールで展開される。
楽しさがビンビン、誰にでもしっかり聞き取れて理解できる言葉で飛び込んでくる音楽の遊園地状態。

中でも特に、ソーリダイジーン!の「総理大臣」!
この曲のファンク度、声のすっ飛びようにはもう笑うしかなかった。
この時期が一番の「声の絶頂期」だったんじゃないかな。
# by taroustory | 2009-07-17 12:41 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---10

         「君はLove Me Tenderを聴いたか?」

         君はLove Me Tenderを聴いたかい
         僕が日本語で歌ってるやつさ
         あの歌は反原発の歌だって みんな言うけど
         違う 違う それは違うよ
         あれは反核の歌じゃないか
         よく聴いておくれよ
         核はいらないって歌っただけさ

         それとも原子力発電と核兵器は 同じものなのかい
         発電所では実は核兵器も 作ったりしてるのかな
         まさか まさか そんなひどいこと してるわけじゃないよね
         灰色のベールのその中で またそんなことしてるのかな

         君はLove Me Tenderを聴いたかい
         僕のあのイカレた替え歌さ
         あんなに小さな声で歌ったのに みんなに聞こえちゃったみたい
         誤解 誤解しないで 彼女へのラブソングなのに
         反原発ロックなんて そんな音楽が あるとは知らなかった
         ただの歌じゃないか なんか変だな
         レコード会社も新聞もテレビも雑誌もFMも バカみたい

         あーあ、あーあ、何を騒いでたの

1989年の夏の野音で、「今日のライブはどんどん録音してくれてかまわない!」と言い切って、その中でRCはこの曲を歌った。
その時のテープをもらうことができて、そこから書き起こした、アルバム『コブラの悩み』には最初の1.5行しか入っていない曲の全歌詞。
Googleで検索すると歌そのものも今は聞ける。

で、このアルバム『コブラの悩み』なのだが、詰め込まれた怒りが尋常じゃない。
のっけが“日はまた昇るだろう東の芝にも”の「I Shall Be Released」。
“本当のことなんか言えない”の「言論の自由」。
“大人になって気づいたことはどこにも逃げ場がないってことさ”の「Help!」。
そのものずばりの「軽薄なジャーナリスト」(にはなりたくない)。
“どうしてそんなに目くじらを立てるの”の「心配させないで…」。
念の入ったことにChaboの「俺は電気」まで入ってたりもして、
ライブ自体の締めは「あきれて物も言えない」。

ぐつぐつ煮え切らない日々にこれを聞けばかなりスッキリする。
こんなストレートな清志郎を前にしたら、ささいなグダグダなんて、とかなり謙虚になれる。

でもこの時期にきっぱりRCと離れた「元・聖子ちゃんカット」、いっぱいいたんだろうなあ。
# by taroustory | 2009-07-15 14:50 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---9

清志郎談

「むかし洋楽でよく聞いていたメッセージソングみたいなのも歌わなくちゃならないんじゃないかな、と思ったんですよ」

「ある日、親戚のおばさんが母の遺品の日記みたいなのをごそっと持ってきてくれたんすけどね、その中には国に対する怒りがビシバシつまってたんすよ。父親と出会う前に付き合っていた恋人を戦争で奪った国に対する怒りが連綿と綴られてたんです。ああ、俺のDNAにはそういうのも組み込まれてるんだなってものすごくしっくりきましたねえ」

『カバーズ』はRC快心の大エンターテイメントにして大ヒット作品である。それをこともあろうに発売中止にしたレコード会社の気が知れない。なにをそんなにビビッってんのよ社長、ってなもんだ。
なにがそんなに大エンターテイメントなのかといえばもちろんすんげえ選曲と豪華なゲスト陣だ。これはもうそのまま箇条書きにしちゃったほうがいいからそうしちゃう。

1、明日なき世界 Eve of Destruction (バリー・マクガイア、作・P.F.Sloan)
       Johnny Thunders、金子マリ、三宅伸治、子供たち
2、風に吹かれて Blowin' in the Wind (Bob Dylan)
       山口富士夫、高井麻巳子、三宅伸治
3、バラバラ Balla Balla (レインボウズ、作・H.Lippok)
       山口富士夫、三浦友和、Isuke Kuwatake(桑田圭祐)
4、シークレット・エージェント・マン Secret Agent Man (ジョニー・リバース、作・P.F.Sloan&S.Barry)
       キム・ヒョンヒ(ニュース音源から)、坂本冬美、Johnny Thunders
5、ラヴ・ミー・テンダー Love Me Tender (Elvis Presley)
       子供たち
6、黒くぬれ! Paint It Black (Rolling Stones)
       山口富士夫、ちわきまゆみ、三浦友和、三宅伸治
7、サマータイム・ブルース Summertime Blues (エディ・コクラン)
       高井麻巳子、泉谷しげる、三浦友和、三宅伸治
8、マネー Money (Barrett Strong、Beatles 他)
       山口富士夫、三浦友和、三宅伸治
8、サン・トワ・マ・ミー Sans Toi M'amie (アダモ、 越路吹雪)
       コリーヌ・ブレ、山下洋輔、梅津和時、Isuke Kuwatake
9、悪い星の下に Born Under A Bad Sign (Albert King)
       山口富士夫
10、イマジン Imagine (John Lennon)
       ちわきまゆみ、三浦友和

ありゃ?どこが豪華なゲスト陣なんだ?山口富士夫と三浦友和だらけじゃないか。高井麻巳子はただのオニャンコ(現・秋元康の奥さん)だし、泉谷が参加してたってそんなのはただの乱入だ。まあ桑田圭祐と山下洋輔、そしてJohnny Thundersの参加は豪華っちゃー豪華だが、アルバム全体から匂い立つ豪華さがここに起因してるとも思えない。しかいやはりこの『カバーズ』は本気でバリバリ豪華なエンターテイメント作品になってる。すっこぬけてる。イケてるのだ。
# by taroustory | 2009-07-13 16:55 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---8

この『MARVY』が出た頃、RCの人気はすっかり落ち着いていた。
『RHAPSODY』から『BEAT POPS』までのロックファン全体を巻き込んだブームが去ってもそれなりの人気を維持し、セールスを保持はしていたけれど、彼らのコンサートは「ロックの伝統芸能」的扱いを受けつつあった。もうぜんぜん刺激的じゃない。世間はRCをそう思い始めていた。
『MARVY』は初のCD発売で、そのサイズに合わせてみっしり曲が詰め込まれていた(同時発売のレコードは二枚組)。つまりそれぐらい意欲作だったのだが、その頃の彼らの評価を裏打ちするようなとても落ち着いた内容のものだった。
CMにも使われた“もっとBAby,もっとBAby,ムチューにさせて”の「夢中にさせて・Make Me Crazy About You」。
Chaboの「俺は電気」、「GIBSON(CHABO’S BLUES)」。
その他にも面白かったり、もろR&Bだったり、いい曲はたくさん入ってるのに「なんか盛り上がんない」、そんなアルバムで、「MIDNIGHT BLUE」をオープニングに据えたツアーもどこかお決まりのものを見せられている感じは否めなかった。
後から思えばこれこそまさに、嵐の前の静けさだった。
# by taroustory | 2009-07-08 13:05 | 忌野清志郎
忌野清志郎――1

“子供の顔したあいつより 信頼できるぜ大人のほうが”の「子供/Children's Face」にはぶっ飛んだ。
他にも「曲がり角のところで/Around The Corner」、「キレル奴/Razor Sharp」――歌詞がすごい。
そして名曲「アイディア」。

RCのサウンドを聞きなれた耳にはIan Dury & The Blockheadsをバックに録音された『RAZOR SHARP』のサウンドは
それこそシャープで斬新そのものだった。なにより一つ一つの音のヌケが素晴らしい。
実際にはエコーやリバーブなんかずいぶんかかってるのに、スッコーンとヌケて戻ってこない感じ。
清志郎の声や言葉も陰影をまとわないでまっすぐ耳に入ってきた。
RCのメンバーがロンドンになんか行きたくないってんでソロになったってことらしいが、
「WATATTA/河を渡った」の変則リズムや「Around The Corner/曲がり角のところで」の軽快さはRCからは出てこないもので、
災い転じてしっかり福となし、名実ともに「ソロ」と言えるものを清志郎は作ったってことだ。
# by taroustory | 2009-07-05 15:56 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---7

『Feel So Bad』を語るのはちょっと恥ずかしい。
俺自身、このアルバムを発表からずっとあとになってから聞いたからだ。
それも人にこう言われて。
「Feel So Bad」聞いてねえのか?そりゃあ不幸だなあ。
Sのこの言葉は真実だった。
「自由」も「腰を振れ!」も「うるせえ!」も聞いたことがなかったとは!
そして俺の不幸さをがっちり確実にしたのは、「夢を見た」だった。
たった8行の歌詞に深く、まるで泥のように塗り込まれたブルーズ。
簡潔なのに最大限にむせび泣くChaboのギター。
所属事務所やレコード会社とのいざこざの渦中に生まれたMuddyでDeepで
でも可愛い曲もたくさん入ってるすごい一枚。
# by taroustory | 2009-07-05 10:55 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---6
オープニングの「ドライヴ・マイ・カー」のイントロ、ゆったりうねるギターを耳にした瞬間から、何度も聴いているのに初めて聴くような感覚に引き戻される。
『OK』はそういう不思議なアルバムだ。
この感覚がラストの「ドカドカうるさいロックンロール・バンド」のイントロが高々と鳴り響くまで続く。
RCや清志郎のライヴでエンディング近くの定番になったこの曲で解放され、ハッと目を覚ますって感じ。
清志郎のどのアルバムにもある引きこもり感が一番顕著に、一番心地よいかたちで凝縮されているせいで発生する微妙な症状。
曲によって一つ一つの音が左右にきっちり分けられていて、BEATLESの『RUBBER SOUL』を連想させる。
『PLEASE』、『BLUE』、『BEAT POPS』と怒涛の全盛期を過ごしたRCがきっかり分岐点を置いたように当時は感じられ、ファンとしてはかなりびっくりしたアルバムだった。

のっけから「スカイ・パイロット」、ラストに「ロンリー・ナイト(Never Never)」(CDには「すべてはオールライト」がボーナストラックとして入っちゃったけど)が配置されている『ハートのエース--Heart Ace』は一種「ごくごくRC的」なアルバムってな体裁を整えている。
でもこのアルバムも、「ボクと彼女」や「ゴーン・ゴーン」等が入っていて相当に引きこもっている。
そして「はい、ここまでようこそ」と静かにドアを開けて待っている奈落の楽園、「山のふもとで犬と暮らしている」。
タイトルからしてストレートに引きこもり讃歌。犬の名前は「ひとりぼっち」。
てなメリハリ激しい『ハートのエース』に、清志郎流応援歌「ブン・ブン・ブン(オコリンボリンボ)」は入っている。
世の中には今やもうこれでもかというぐらい「応援歌」がはびこっている。ヒットする曲はほとんどが「誰かが君を見てるよ、君は君のままで、がんばれ」ってな曲ばっかだ。うんざりする。いつからみんなそんなに他人思いになったの?いつのまにそんなに仲良くなったの?と思う。てめえなんぞに元気ヅケられてたまっか!おめえなんぞに元気ヅケられるぐらいなら酢ヅケにでもなってたほうがまだマシだぜ!である。
「ブン・ブン・ブン(オコリンボリンボ)」は違う。
恥ずかしい話だけど、俺はずっとこの曲を単なる「すぐ一人で怒り出す人を小バカにした曲」だとばっかり思っていた。
「もっと怒れ!」だの「ア・オ・ス・ジィ」だのやたら挑発する言葉が陳列されているからだ。
俺はアハハハと笑っったまま十数年を無駄にしてしまった。
ところが違ったのである。これはなんてこたない、「怒れる若者讃歌」だったのだ。
これに気づいた時のショックはでかかった。ああ!と空を仰いで涙ぐんじまったぐらいだ。
忌野清志郎という人のホンリョー、ヂツリョクを再認識させられた一瞬だった。
今だとインターネットでアルバム内の曲を一曲単位で買ったりできるから、この曲だけでもたくさ~んの人に聞いて欲しいな。
# by taroustory | 2009-06-22 11:24 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---5

「雨上がりの夜空に」や『Rhapsody』が発表されてRC Successionの名前が世の中に認められつつあった頃、一人の音楽評論家が「シングル・マン再発実行委員会」なるものを組織して活動していた。
制作・発表されたにもかかわらず事務所の「飼い殺し」によってすぐに廃盤にされちまった『シングル・マン』を広く世に出さねばならないという意思で結成された実行委員会だった。
その代表的存在だったのが吉見佑子という音楽評論家だった。
すごい人だなあ、と思った。自分の好きなミュージシャンのためにこんなにどしどし自分の名前を出せるなんて。
でももっとすごいのはRCだ、と俺は思ったものだ。
一人の女性にそこまでやらせてしまうなんて。そこまで惚れさせてしまうなんて。
彼女らの祈りがかなって(その背景にはもちろん本人たちの「雨上がりの夜空に」や『Rhapsody』による大ブレークがあったんだろうが)、『シングル・マン』は『Rhapsody』発表の2ヶ月後、再発売されて俺たちの耳に届くことになった。

これにはびっくりした。またもやびっくりさせられた。
だってオープニングの曲でいきなり、ファンはもっといいものをプレゼントしてくれなくちゃダメだ、彼女にプレゼントするんだから、だもの。
つまらないものは捨てるぜ!だもの。
「やさしさ」の辛らつさにも度肝を抜かれた。
「スロー・バラード」はすでに聞いたことがあったけど、「ヒッピーに捧ぐ」なんて素晴らしい曲も入っていた。
とにかく、一曲一曲のボルテージの高さで言ったら『Rhapsody』以上だった。
とてものんびり聞いてられなかった。
対峙のアルバムだった。

ずっとあとになってから聞いた、初期の2枚のアルバムからのセレクション、『Hard Folk』にもやっぱりぶっ飛んだ。
烏合の衆を馬鹿にする「シュー」。
自分よりも勉強を重要に思う女の子へのラブソング、「三番目に大事なもの」。
火のない所にも煙は立つものさ、「けむり」。
『コブラの悩み』で怒りのメッセージとして再登場した「言論の自由」。
どれもこれも青い森やジアン・ジアンでの彼らのライブがどんなに激しいものだったのか想像させるに充分な曲ばっかりだった。
# by taroustory | 2009-06-12 17:00 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---4

『BLUE』と『BEAT POPS』のあいだに「いけないルージュ・マジック」というシングルが発表された。
RC Successionのファンである俺としては、「なんでこんなことするのかなあ」だった。「わけわかんないなあ」。
シングルはしっかり買ったけど。
当時、俺はロックのことを好き勝手に書きなぐる(ってほど迫力はなかったけど)ミニコミを作っていた。
ロック喫茶にも置いてもらって、「ロスマリン」(よくわかんないこのタイトルは俺の命名ではない)は知る人ぞ知るミニコミ誌にはなっていた。
ある日、そんなものを作っている俺に商工会議所なんてところから電話が来た。対談に出てくんないかなあ、という話だった。
仙台で何らかの文化的行動を行っている人たちで、仙台の文化っちゅーやつについて話をして欲しいってんである。
東北新幹線開通の時期に合わせての対談でテーマは仙台はミニ東京になるのか?みたいなもんだったと思う。
俺の見解は、バカみたい、だった。だって第一、仙台に「文化」なんてあるんかい?だったから。
それでも出て行ったのは「ロスマリン」をもうちょっと世間に知らしめたかったから。それと「お車代」が欲しかったから。
他にどんな人たちが来てたかなんて、覚えてない。覚えていたいと思うような人は一人もいなかったから。
「ミニ東京化、いいじゃんいいじゃん、受け入れようじゃん!」そんな口調のバカ女がイメージとして残ってるぐらいで。
そんなどうでもいいような会合、そして方々、だったのだが、ひとつだけよく覚えていることがある。
件のバカ女がこんなことを口走ったのだ。

「清志郎、もうチャボなんかとは切れてこの路線(「ルージュ・マジック」路線)で行けばいいのに!」

相手にする気にもなれない。
やっぱ来なけりゃよかった。
心の底からそう思った。
まったく、「文化!」なんて語りたがる奴らに、やっぱりろくな奴はいないんだ。

清志郎のつやっぽさが他のどんな曲よりも(過剰なまでに)出てる、ちょっとした名曲だとは思うんだけど、
ああ、どうしてもあのよく晴れた日のバカバカしさだけが思い出されて。
# by taroustory | 2009-06-10 12:11 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---3











『初期のRC Succession』、『Single Man』がすでに発表されていたが、俺が初めて聞いたスタジオ録音盤は『PLEASE』だった。
『Rhapsody』をしこたま聞いた耳には『PLEASE』はとても地味に聞こえた。あれ?と何かはぐらかされた感じがした。
音がまとまりすぎている印象があった。
でもライブ盤に慣れていた耳も、すぐに修正されていった。
それはサウンドに耳が慣れたというより、歌詞のせいだった。

“お前の涙 苦しんだことが 卒業してしまった学校のような気がする夜”
“授業中あくびしてたら口がでっかくなっちまった 居眠りばかりしてたら目がちっちゃくなっちまった”
“何も変わっちゃいないことに気がついて 坂の途中で立ち止まる 金が欲しくて働いて 眠るだけ”
“どっかの山師が 俺が死んでるって言ったってさ”

清志郎の言葉が耳の奥にずんずん積み重なっていった。『Rhapsody』よりも、言葉がよりクリアに蓄積されていった。
言葉に引き込まれて聞き込んでいくと音の印象もどんどん変わっていった。とんがりが聞き取れるようになってきた。
一曲として似たような曲のない、サウンドの多様さが素直に心に入ってくるようになった。
このアルバム直後のコンサートでは「DDはCCライダー」に腰がついていかなくて、俺もHも困ってしまった。
困ってしまって最前列のほうまで駆け下りてしまった。俺は彼女を追っかけたんだけど。
まだDeep Purpleライブの悲劇以前、立ち上がって手拍子をする人が半分ぐらい、そんな時代だった。
もちろん警備員に戻された。

『PLEASE』のヒットは、「トランジスタ・ラジオ」の素晴らしさもあったろうけれど、
「雨上がりの夜空に」や『Rhapsody』からくる余熱的効果みたいな面もあった。
RCの人気を不動にしたのはやっぱりこれだと思う。――『BLUE』
『PLEASE』で一度、「俺たちゃこんなことだってできるんだぜ。いやむしろこれがほんとの姿さ」と言った彼らが、
「でもやっぱこんなのが聞きたいんだろ」と100%の密度でカマシてくれたアルバム。少なくとも俺はそう感じた。
一曲として隙がなかった。(『PLEASE』にはいわゆる「Rockファン」には理解しがたい隙がちりばめられていた)
このアルバムのツアーではびっくりした。
「よォーこそ」をやったあと、メンバーがさささーっと引き上げてしまったのだ。
客が前に押し寄せたからだった。
「このままではコンサートを続けることができません。指定された席へ戻るようお願いします」みたいなアナウンスがあった。
数分後、RCはステージに戻ってきた。MCも何もなく、「ロックンロール・ショー」を演り始めた。
オープニングの二段構えかあ、とHとふたりで笑ったもんだった。

「つ・き・あ・い・た・い」で始まる『BEAT POPS』は全盛期を誇示するダメ押しのキツイ一発だった。

"たとえそいつが古いトモダチでも 偉くない奴とはつきあいたくない
 だけどそいつがアレを持ってたら 俺は差別しない  Oh つきあいたい”

たった一文字変えるだけで「純な歌」を「アブナイ歌」に変えてしまう清志郎。
そんな清志郎に、俺たちゃそりゃあムチューだったもんだ。
 
CMにも使われた「こんなんなっちゃった」も可愛かったし。
# by taroustory | 2009-06-05 11:35 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---2
NHK FMでのスタジオライヴで初めて聞いた「雨上がりの夜空に」。
言葉を聞き流させないネットリした黒人のような声。軽快にジャンプしまくるガッチガチのテレキャス。
あれが聞けて本当に幸せだった。何に関しても、予備知識なしにいきなり出くわすってのが衝撃が強いから。
他にも「Rhapsody」をやったのは覚えている。
ブルースもR&Bもまだろくに聞いたことがなかった二十歳直前の俺にはちょっと不思議な曲だった。
その他には「ブンブンブン」や「エネルギーOhエネルギー」もやったかも。「ボスしけてるぜ」だったかな。
とにかく「雨上がりの夜空に」の衝撃はすさまじかった。

『Rhapsody』は買ったばかりのまがいものの黒のテレキャスでコードを探りながら聞いていた。
「雨上がりの夜空に」は「Brown Sugar」や「It's Only R&R」や「Smoke On The Water」を軽々抜き去って、我が家のギターにとって、もっともヘヴィーローテーションの曲となった。
『Rhapsody』を聞かない日はほとんどなかったが、「エンジェル」だけ、時々飛ばしていた。調子に乗ってる、いろんなメロディーを知ってるエンジェルが、軽薄で浮気性の自分や誰かに重なってきつかった。

日本のロックといえばRC Succession。他はないも同然。あとはDoorsとJohn Lennon、それにRolling Stonesさえあればいいという黒のスリム野郎が初めてRCに会える日がやってきた。仙台電力ホールでシーナ&ザ・ロケッツとジョイントコンサートが開かれることになったのだった。俺は付き合って3年になるHと勇んで電力ホールへ向かった。

さだまさしとサイモン&ガーファンクルが好きだったHがRCも好きになれたのは、やっぱり清志郎の歌の力にあったと思う。しっかり言葉を聞かせる歌の力。それに強烈に個性的な声。
「どっちが先に出てくるんだろうね」「どっちだろうなあ」
なかばシナロケがメイン、つまりRCが先に出てくるだろうとは思っていた。RCはキワモノ的新人扱いで、「You May Dream」が何かのCMに使われて大ヒットしていたシナロケのほうがメインだと思わざるを得なかった。鮎川誠(シナロケのギター)は大御所だし。でも俺たちは期待していた。
「シナロケが先だよね」「RCがメインじゃなくっちゃな!」「うんうん!」
しかしやっぱり先に出てきたのはRCだった。Chaboがマイクスタンドの前に立って、ぶっとい声を張り上げた。「ウェーイ!」。Yeah!。「カモン、リンコワッショー!」
始まってしまえばもうノリまくるだけだった。

# by taroustory | 2009-05-16 10:48 | 忌野清志郎
RC SUCCESSION---1
「ぼくの好きな先生」がラジオから聞こえてきた時、中学生だったあの時、校舎の裏庭の一人の先生と一人の生徒、その静かな情景がくっきりと浮かんできた。いい感じの歌だなあ、そう思った。しっかり印象に残る歌だった。それは間違いない。でもだからと言って特に、RC Successionというバンドに興味を抱いたってわけでもなかった。

「スロー・バラード」がラジオから流れてきた時、高校生だったあの時、市営グラウンドの駐車場の一人の男の子と一人の女の子、その大きな嘆きをふくんだ静かな情景がはっきり浮かんだ。カーラジオから流れてきた情感豊かなバラードが聞こえてくるようだった。間違いなく、その瞬間から「スロー・バラード」という曲は一生忘れられない曲になった。でもだからと言って特に、RC SuccessionというバンドのLPを聞きたいと思ったわけでもなかった。

T.RexやRaspberriesやEaglesやJohn LennonやBostonやDoorsやRolling Stonesのレコードばかり聞いていた。

大学生だった頃、NHK FMの「Sound Street」を聞き、「Rockin' On」という音楽雑誌を読み、渋谷陽一という人が薦める洋楽バンドばかり聞いていた。ところがその渋谷陽一が突然、日本のロックバンドをスタジオライブという形で紹介した。30分ぐらいのライブ番組だった。

こ、これは……。

そのバンドのパワーに、ぶっ飛んだ。ぶっ飛ばされた。
これが、あの、「ぼくの好きな先生」の、「スロー・バラード」のRC Successionなのか!?
久保講堂でのライブ『Rhapsody』を発表する直前の、それは紛れもなくRC Successionだった。

# by taroustory | 2009-05-13 15:40 | 忌野清志郎
「Imagine」という歌
 Imagine there's no heaven
 It's easy if you try
 No hell below us
 above us only sky
..................
 
 中学の頃、何度もノート、教科書の隅っこ、そして机にまでイタズラ書きした歌詞だ。

 天国も地獄もないって、みんなが今日のために生きてるんだって、想像してごらん
 国も宗教もないって、だからそういうもののために殺し合ったり死んでいったりする必要もないんだって想像してごらん
 財産なんてものはないって、だから飢えたり貪欲になったりすることもないんだって、想像してごらん

 ビートルズという狂騒から、男が支配する社会から、自分が無意識に属していた劣悪な無神経世界から解放されたジョン・レノンが、率直な心情を、なんの束縛もない状態で吐露した歌だ。
 「夢見心地なバカ野郎と言いたいなら言ってもいいんだよ」と微笑しつつ、でもこれを歌う邪魔はしないでねと、歌いたいから歌うだけなんだと、そういう気持ちが名曲たらしめている。
 聞く人によっては、間抜けな、本当に夢心地なだけな、ぼんやりした、愚かしい歌詞に聞こえる歌なんだろうと思う。でも、そんな否定的な第三者の声を飛び越えて、ひたすら純朴に歌われるこの歌が、この歌を作らしめた魂が、中学生の俺の心の波長と重なり合って、机のイタズラ書きに結びついていた。

 ところが、そのあと、ドアーズを聞き、パンクロックに覆われ、突然一人暮らしを強いられて食うに困ったりもし、俺はひねくれた。こんな歌にどんな効力があるってんだ?である。
 そして「ダブル・ファンタジー」発表直前に雑誌に掲載された、ショーンやヨーコとの幸福極まりない暮らしのスナップ写真。金持ちたちの暮らしのひとこまひとこま。
 けれど、その直後、「伝説の人」となってしまったJohn Lennon。
 1980年12月、人生最大に近い嘆きを経験しつつ、実は、俺は、「Imagine」に対する疑念を隠し持ったままだった。
 
 時は刻まれていった。何の効力が?などという気持ちが過剰な期待から来ていたことも悟った。歌は歌なのだ。それだけで充分だし、充分すぎるぐらいなんだ、とわかった。だいたいにして、あんな歌、他には誰も、照れてしまったり、うそ臭いと自分を疑ってみたりして作りえなかっただろうし、ましてや人前で歌うなど。
 ジョンにしか作りえなかった歌。ジョンにしか歌えなかった歌。
 そして、ジョンが作って歌ったから、今、みんなが歌える歌。
 それが「Imagine」。
 「John Lennon Super Live」、見てるとぐわ~んとめまいしてくるのがほとんどだけど、そこらの素人のほうがよっぽど歌詞見ないでちゃんと歌えるぞだけど、まあ、歌えばいいのだ。

 心配なのは、歌とは関係ないところでばかり目立ってしまうYokoさんだ。
# by taroustory | 2009-02-20 13:31 | John Lennon
奥田英朗 雫井脩介 東野圭吾

 一時期、宮部みゆきの本を立て続けに読んだ。ストーリーにせっつかれながらどんどんページを繰ってどんどん読んだ。しかしハマらなかった。話は確かに面白い。エンターテイメントとして立派なものがあった。でもハマらなかった。面白い面白いと読めば読むほど、どんどん欲求不満が募ったのだ。俺にとっては、面白いだけ、だったのだ。宮部みゆきファンが読んだら怒るだろうなあ。でも、面白けりゃいいのか!え?本当にそれでいいのか!という気分がどうしても拭えなかった。

 それから数ヶ月して、奥田英朗の「東京物語」に出会った。裏表紙のエリック・クラプトンがどうのという文章につられて。それから……「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「「マドンナ」「真夜中のマーチ」「サウスバウンド」「ララピポ」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」……文庫になっているのを一気に読んだ。胸にドドンッとくるものがあったからだった。そして、また読むものがなくなった。

 テレビで「犯人に告ぐ」という映画をやっていた。録った。それを見る前に、最高のエンターテイメント作品、と謳われている原作があるというのでそいつを買って読んだ。雫井脩介との出会いだった。これまた胸にドドンッときた。(あとから見た映画はちょっと……あのストーリーを2時間やそこらでまとめようってのに無理があったんだろうけど)。続けて、「火の粉」を読み、今「虚貌」を読んでいる。
 同じように俺の胸にドドンッときた小説家だが、まったく正反対なのは、奥田英朗が、やむなくどんどんどんどん犯罪に手を染めていく人間を書いている(「最悪」「邪魔」)のに対して、雫井脩介は犯罪というものを徹底的に糾弾している所だ(それが犯罪者となった登場人物にとっての救いになっていたりもするのだが)。でもどちらもドドンッとくるのは、どちらも登場人物一人ひとりを徹底的に描いているからだ(逆に名前しか出てこないような人物は最後まで名前しか出てこない。発言したりしない)。顔が見えるのだ。

 この二人の本が手に入るまでの間に、東野圭吾の「手紙」とニコラス・エヴァンスの「ホース・ウィスパラー」という本も読んだ。「手紙」は、俺の中にいまだにあるジョン・レノンの「Imagine」に対する疑惑を呼び覚まさせた(このことに関してはまたいつかきっと書きたい)。「ホース・ウィスパラー」は、ロバート・レッドフォード監督主演で映画化された小説だった(邦題は「モンタナの風に抱かれて」)。

 というわけで、去年の夏からドドドドドンッと、分厚い読書期間になっている。はっきり言ってどれがどの本のストーリーだったかわけがわかんなくなるぐらいだが、幸福な読書期間といっていい。
 あとほんのちょっと雫井脩介に遊んでもらい、そのあとは東野圭吾さんに付き合ってもらおうと思っています。
# by taroustory | 2009-01-21 11:27 | 読書
サウスバウンド/奥田英朗
上原二郎は中野区の小学6年生。
元過激派で自称フリーライターの父・一郎、喫茶店を経営する母・さくら、
10才歳の離れた姉・洋子、二才下の妹・桃子という5人家族の一員。

第一部では、不良中学生・カツとその子分で二郎と同級生の黒木に、悪魔のような執拗さでつきまとわれる二郎と、その同級生たちの話が中心。
同時に進行していく、上原家の居候となった30才の「おじさん」アキラの怪しげな動向。
父・一郎は二郎にプロレスごっこを無理強いし、保険庁やら、二郎の担任やら、学校やらにやたらと口撃をかけたりしつつも、普段はただひたすらぐうたらしている。
家庭の生計はさくらが一人で支えている。
やがて、カツや黒木との切羽詰った関わり合いの中で二郎は、自分でも理解不能な何かに衝き動かされるかのように強くなっていく。
そして、アキラおじさんの飛び込んでいった所。二郎に残してくれたもの。

第二部は打って変わって、父・一郎が物語を引っ張っていく。
西表島に移住した途端に、父は東京にいた頃には考えられなかった働きぶりで、ボロ家を作り直し、畑を耕しと、ひたすら働き続けるが、移り住んだ場所がリゾートホテル建設のまさにその場所だった。
「背広を着た人と父の相性はすこぶる悪い」という二郎の予感の言葉どおり、父はやがて吠えはじめ、暴れはじめ、殺到し始めたマスコミと自らのカリスマ的存在感によって、有名人となっていく……


上原一郎は身長190cm弱の大男で、口でやる喧嘩も体でやる喧嘩もめっぽう強い。
が、二郎には一度だけ相手の鼻っ柱を折る方法を伝授するが、それっきりで、ゴタゴタに巻き込まれている様子の息子を心配すらしない。
「おう、二郎。ムスコは今朝も元気か」
西表島に移住してからも、その姿勢は変わらない。
仕事(離れの台所のペンキ塗りやヤギ小屋作り)を言いつけるだけ。
自分のポリシーに反するものに対しては、徹底的に論撃をふっかけ、時には体を張るが、息子のために、という根拠の元には指一つ動かさない。

しかし、二郎はしっかりと心を成長させていく。

父親が自分の子供に見せるべきもの。
それを、この物語はストレートに伝えてくれている。

戦うこと――自らの正義の元に、自由のために。

その脇で、母親であるさくらも静かに、子供たちに見せるべきものを見せている。

夫を愛すること――究極に至っては子供たちを放り出しても。


ちなみにこの小説、豊川悦司主演で映画化もされているが、
さくらには天海祐希。無名時代の松山ケンイチも出てるらしいが、
映画のHPで予告編を見たら、なんかちょっと……。
見てみないとわかんないけど。
# by taroustory | 2008-09-11 12:41 | 読書
忌野清志郎 完全復活祭 日本武道館
20何年も前、
RCサクセションのメンバーとしてインタビューを受けた
仲井戸麗市が言っていた。

「清志郎が『愛し合ってるかい!?』と叫ぶのは、
やつのポリシーだから」

ポリシー……
政策。策略。また、事を行う際の方針(Yahoo辞書)

至上の政略。
いかした策略。
サイコーのホーシン。

そんなポリシーに感化されたまま、
何万人のニホンジンが大人になったんだろう。

ジョン・レノンを失った世界の片隅に、
こんな素敵な男に牛耳られ、
ボスと崇めるコクミンが住む小さな島国があることを、
俺たちは世界中に自慢してもいいんじゃないかな。

# by taroustory | 2008-09-01 16:19 | 忌野清志郎
シネマと書店とスタジアム/沢木耕太郎
スタジアムの章は長野オリンピックと2002年ワールドカップのレポートで、文章の素晴しさよりも話題の古さの勝ちで、さすがにもはやピンと来ないレポート集になってしまっているが、シネマの「銀の森」と、書店の「いつだって本はある」に関しては、ほとんどが見たことのない映画、読んだことのない本の話ばかりなのに、ググッと胸に迫ってくる文章ばかりで、素晴しい「紹介文集」になっている。つまり、適度な内容紹介、適度な印象紹介、しっかり語られる深い感想。届けようという意思がぎっしり詰まっている。

その中から、「こいつは見なくちゃな読まなくちゃな」と思わされたもの。(「――」の後は文章のタイトル)

●映画
「アメリカン・ストーリーX」――激しく、美しく、悲劇的な「魂の遍歴」
「ナビィの恋」――あふれる陽光を手のひらで掬うような
「顔」――彼女はいつの間にか魅力的なヒロインになっている
「ヤンヤン 夏の想い出」――日本には失われてしまった「静かな時」が流れていく

●本
「楽天記」古井由吉――綱を渡る者の微妙な息遣いが聞こえる
「キルショット」エルモア・レナード――彼の耳のよさが人物に「芯」を通すことになる
「ひそやかな村」ダグラス・ダン――不意に出会う映画の佳品のような短編群
「倒錯の舞踏」ローレンス・ブロック――静かで深い時間の特権的な輝き
「年金老人奮戦日記」山口瞳――山口瞳にはまだ「本当のこと」が残っているのだろうか
「アメリカ・ライフル協会を撃て」ピート・ハミル――ピート・ハミルはまっとうな父親の視線を持っている
# by taroustory | 2008-03-13 10:42 | 読書


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